【見逃し配信】大河ドラマ『いだてん』第17話「いつも2人で」を視聴する方法!

いだてん第17話では、ベルリンオリンピック中止で四三は失意のどん底に。 そんな四三を立ち直らせたのは妻・スヤでした。新たな目標を見つけた四三が動き出します。

今回は「いだてん」第17話を見ていない、もしくはこれから見たい! という方に向けて 「いだてん」の概要とネタバレ結末を公開します! ネタバレを見たくない方は以下のリンクから、すぐにいだてんをご覧ください!

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「いだてん」第17話はどんな内容? あらすじを紹介!

1915年、戦争でベルリンオリンピックの開催中止が決定し、選手のピークを迎えていた四三(中村勘九郎)は激しく落ち込む。ふさぎ込む姿を野口源三郎(永山絢斗)らが心配するなか、熊本からやって来た妻・スヤ(綾瀬はるか)が四三の無念を受け止める。夫婦として共に痛みを分かち合い、スヤの愛を力に四三は再び走りだす。四三の再起に刺激を受けた治五郎(役所広司)は明治神宮にスタジアムを作る目標を立てる。やがて彼らは、東京-京都間の東海道五十三次を全国の健脚たちと共に走る構想を思いつく。これが「駅伝」誕生の瞬間だった。

出典:NHKいだてん

世界記録を何度も塗り替え、選手として脂の乗り切っていた四三に、残酷な知らせが…。 ベルリンオリンピック中止。

四三が激しく落ち込んだのは、金メダルが視野に入るほどに選手としてピークを向かえていたから、という理由だけではなかったようです。

4年に一度のオリンピックの舞台だけを目指して練習を続ける選手にとって、その舞台が無くなってしまうのは、耐え難い苦しみだったはずです。四三は、きつい練習の後はスヤの夢を見るほどにスヤが恋しく、辛い走るだけの生活を辞めたいと思ったこともあったと、スヤに告白します。

これは、オリンピックを目指す選手の多くが経験する葛藤ではないでしょうか。オリンピックのために全てを犠牲にする…並み大抵のことではありませんよね。

しかし四三は新たな目標を見つけて、走り出すのです。

そんな第17話「ベルリンの壁」、ぜひその目でご覧ください!

「いだてん」第17話の感想・見所は?

ベルリンオリンピック中止で失意の四三が、スヤの支えで立ち直り、初の駅伝の開幕までにこぎつけるなど、いつもよりも展開が速かった第17話。

最後には、おめでたいニュースもありますよ!

スヤ!スヤ!スヤ!

今回の一番の功労者は、まちがいなく四三の妻・スヤでしょう。

暴れる四三に水をかけて黙らせたかと思えば、苦しむ夫を笑顔で包み込む姿は、まるで仏様。

紐付きの足袋制作を渋る播磨屋の主人・黒坂にまで「辛作さんが作れば、靴も足袋です。」とその気にさせちゃうんだから、スゴイ!

駅伝を走る四三とスヤがすれ違う場面は、夫婦の絆を視線で感じられる秀逸シーン!  四三がスヤを見る目つきが、これまでと明らかに違います!

初駅伝がいろいろありずぎ!

四三が考案した駅伝は、京都から東京の500キロ以上の距離を3日間もかけてつなぐという壮大なレースでした。

途中、浜名湖ではランナーは渡し舟に乗り、ケガ人が出れば次の区間の選手が2区間分走るという、ルールがあるんだかないんだかなレース。あまりに話題となって日本橋に10万人もの人が押し寄せたために、電車は止まり、ランナーもまともに走れないというありさまだったようです。

さねつぐー! 

ここ数回で、定番となっているのが、大竹しのぶさん演じるスヤの姑・幾江が、中村獅童さん演じる四三の兄・実次に「さねつぐー!」と怒鳴り込んでくるというパターン。

スヤの不在が堪えたのか、今回は1度目は怒鳴り込まずに、金栗家の縁側に急にあらわれて実次を驚かせましたが、スヤが戻って来たら元気全開! 朝から、「さねつぐー!おきろー!」と怒鳴り込んできました。しかも、その内容はスヤの妊娠。

幾江さんに久しぶりに笑顔が戻りました!

「いだてん」第17話「いつも2人で」 結末・ネタバレ 

ベルリンオリンピック中止

大正4年(1915年)6月

ベルリンオリンピックの中止が報じられた。第一次世界大戦の長期化が原因だった。

何も知らない四三(中村勘九郎)は体協に呼び出された。オリンピック出場の打診だろうと笑顔の四三を見て、嘉納治五郎(役所広司)は顔がこわばってしまう。永井(杉本哲太)が話をしようと立ち上がった時、嘉納は急に4年前の話をはじめた。ストックホルムの敗北を経て、この4年間でいかに四三が成長したかを褒め称え、今が選手としての旬だと絶賛する嘉納。

岸(岩松了)は、なぜわざわざ言いにくい雰囲気にするのかと嘉納を咎めた。四三は何かあったのかと訝り、嘉納に尋ねた。すると、嘉納は四三の目をしっかり見据えて「オリンピックは中止だ」と言った。四三はあまりのショックに、椅子に腰を下ろし呆然としてしまう。嘉納も無念だと泣いている。

失意の四三が自室に籠って悔し涙を流している頃、スヤ(綾瀬はるか)は東京に向かおうとしていた。姑の幾江(大竹しのぶ)は、今ならマラソンに勝てるかもしれないと言い、四三を連れて帰ってくるようにと、スヤを送り出した。

播磨屋では清さん(峯田和伸)が新聞を見ながら、ドイツがダメならオリンピックはアメリカや中国、はたまた日本で開催すれば良いのにと呑気なことを言っていた。そこに東京高師の福田教師と柔道の徳三宝が四三を訪ねてきた。またかと、主人の黒坂(三宅弘城)は、すでに到着していた野口(永山絢斗)と橋本に声をかけた。四三を心配して、東京高師時代の仲間たちが遠方から駆けつけてきていたのだ。四三は丸2日部屋から出ていなかった。

黒坂はそっとしておいてやれと言うが、野口たちにくっついて清さんまで2階に上がって行ってしまった。徳三宝が襖を押し破って部屋に入ると、四三は部屋の隅で小さく座っていた。付き合うから気晴らしに走ろうと励ます清さんに、四三はオリンピックはなくなったのに何のために走るのかと無気力だ。

スヤが丁度播磨屋に到着した時、四三が2階から転げ落ちてきた。驚くスヤの目の前で、四三は清さんに贅沢を言うなと胸ぐらをつかまれていた。清さんは、自分たちは客の言いなりで走ることしかできないが、そんな走る日本人の代表の四三が腐るなと、涙ながらに喝を入れた。しかし四三は、ベルリオリンピックまでの4年間だけと約束して家族の支援を受けてきたのだから、これ以上の迷惑はかけられないと叫んだ。

その時、スヤが四三の手を取って外に連れ出した。何事かと皆が見守る中、スヤは四三の頭から冷水を浴びせ、こうすると大人しくなるのだと言い放った。

まだ終わっていない

スヤが持参したいきなり団子を食べながら、四三は少し落ち着きを取り戻していた。団子を食べたら熊本に帰ろうと、スヤは四三を誘った。オリンピックもなくなって、することはなくなっただろうと。首を振る四三に、スヤは田植えがあるから、1人で帰ると立ち去ろうとした。

すると四三が突然、ダンケシェーン(ありがとう)と言った。驚くスヤに、四三はうつむいたままドイツ語だと言う。スヤは座り直し、オリンピックも金メダルにも興味はないが、四三が金メダルを取ったらどんな顔をして喜ぶか、その顔が見たいから応援してきたのだと話した。四三に寂しくはないのか訊かれると、スヤはそばにいれば邪魔になるからと答えた。すると四三は、自分は寂しいと話し出した。四三は辛い練習の後は、必ずスヤの夢を見た。夢の中で、四三は自転車節を歌うスヤを追いかけるのだという。起きては走り、寝ては走りする生活に、四三はくたくたに疲れていた。だからこそ、あと1年走ってオリンピックで金メダルを獲ったならば、マラソンはもう辞めようと思っていたのだった。戦争のためにオリンピックが中止になったことが、四三は悔しくてたまらなかった。

スヤは笑顔で四三に向き直り、だったら帰ろうと誘った。オリンピックが終わったと思えば、帰れるだろうと。自分の結果はどうだったかと尋ねる四三に、もちろん金メダルだったとスヤは笑顔でメダル代わりのいきなり団子を渡した。スヤのユーモアに、四三に笑顔が戻った。

しかし次の瞬間、スヤはダメだと顔を曇らせた。四三が金メダルを獲ったら、もっと笑うはずだと。スヤの期待に応えようと笑顔を作る四三のほっぺたをスヤはつかんだ。そして「終わった~!」と喜んで、もっと笑うはずだと四三のほっぺたをさらに持ち上げた。しかし、本当は終わってなどいないのだ。始まってもいないものが、終わるわけはないとスヤが言うと、四三はうなずいてスヤの胸で泣いた。

袴に履き替えたスヤが、黒坂に自転車を借りると言って出て行った。すると、四三も降りてきて走ってくると足袋に履き替えた。黒坂もちょうも、四三が元気になったことが嬉しくて仕方がない。四三とスヤは、初めて並んで走った。

その頃、豚鍋屋では東京高師の仲間に清さんも加わって、スヤが一体誰なのかと噂に花を咲かせていた。清さんは、マラソンバカの四三が結婚できたら世も末だと言い、野口たちは笑うのだった。

新たな目標

その夜、四三の部屋にスヤは初めて泊った。四三は先日、スヤを追い返してしまったことを詫び、これからは時々来てほしいと言った。スヤが本当かと尋ねると、四三は居たいだけ居て良いと答え、スヤは嬉しかった。

これからのことも考えないといけないと言う四三に、スヤは同意するが、四三のこれからと、スヤが考えるこれからは大きく違っていた。スヤは子どもが生まれてからのことを考えたかったが、四三は自分が引退した後の日本のマラソン界を第一に考えねばと言う。全国で自分が指導するわけにはいかないと言う四三に、スヤは呆れて金栗四三が50人いたら良いのにと言い寝てしまった。このスヤの何気ない一言で、四三に新たなアイデアが浮かんだ。嬉しさのあまり立ち上がる四三を、スヤは驚いて見上げていた。

嘉納が校長室でオリンピックの写真を見ているところに、四三が飛び込んできた。そして、嬉しそうに指導者になることを決めたと宣言する。嘉納は四三が教師になる決心をしたことを認めながらも、どこか寂しそうだ。

しかし、四三にはさらに続きがあった。興奮した四三は椅子に座りなおし、改めて嘉納と向き合った。もしオリンピックが中止にならなければ、四三は金メダルを獲る自信があった。嘉納もその通りだと賛同する。すると、四三は奇妙なことを言い出した。自分が50人いたら、金メダルを50個獲れたのにとニヤニヤしている。意味が分からない嘉納は、四三の様子に不安を覚えていた。四三は50人の四三がスウェーデン体操をしたら壮観だろうと言い、自分で噴出してしまう。

一体何をしに来たのかと、嘉納に問われて、四三は慌てて向き直った。四三はたくさんの選手が距離をつなぎ走ることを思いついたのだった。1人10キロすつ走れば、50人で500キロとなり、東京から大阪まで走り切ることができると。嘉納は四三の提案を聞いて、喜びも50人分になると目を輝かせた。嘉納は、かねがねマラソンが普及しないのは、40キロもの長距離を1人で走るのは過酷なうえに、孤独だからだと思っていたという。四三の提案は、マラソンを団体競技として考える新しい発想だった。四三はその50人を育てるために、教員になることを決意したのだ。嘉納も四三がオリンピックに代わる新たな目標を見つけたことを心から喜び、四三を抱き上げて激励した。

その頃浜松では、後に東京オリンピックの立役者となる、田畑正治少年がやさぐれていた。そこに孝蔵(山本未來)があらわれ、遠泳の練習に励む若者たちをバカの骨頂だと罵った。正治は木組みの高台に上ると、颯爽と泳ぐ生徒たちを眩しそうに見つめ、引き潮に流されないように泳ぐ気持ちよさを訴えた。孝蔵がお前も泳げば良いだろうと言うと、正治は医者に止められてしまったとうつむいた。正治が、バカではなく、愚の骨頂と言うのだと、孝蔵の言い間違いをバカにしようと振り向くや、孝蔵は正治を海に投げ落とした。医者の言うことを鵜呑みにするとは、それこそ愚の骨頂だと。

昭和30年(1960年)

田畑正治(阿部サダヲ)は、都知事の東龍太郎(松重豊)と岩田幸彰(松坂桃李)と聖火リレーについて相談していた。聖火リレーは日本全国をつなぐ駅伝形式で行わなければならなかった。

大正5年(1916年)

四三は神奈川師範学校に教員として赴任し、地理を教えることになった。四三は指導者として練習法や足袋の改良を模索し、わずかな時間も惜しんで後輩と共に走っていた。

シマ(杉咲花)が働くミルクホールで、四三と嘉納は落ち合った。東京と大阪を大勢で走る計画を始動させるためだ。四三は走ってくれそうな選手に声をかけていたのだ。2人がスタートとなる大阪高師の下見をしようと話していると、後ろの席の男が急に京都ではダメかと話しかけてきた。男は読売新聞の記者の大村で、四三だと気づき話を聞いていたのだ。そこに土岐という記者もあらわれて嘉納に名刺を渡すと、2人は京都から東京へ遷都50年を記念した大きな運動会のようなものを企画していると話し出した。これから読売新聞の運動部のご意見番に会うのだと大村が言うや、嘉納は行こうと立ち上がった。

浅草の十二階で待っていたのは、かつて天狗倶楽部だった吉岡(満島真之介)だった。吉岡は天狗を辞めて新聞社に入ったのだという。十二階からの富士山の眺めは壮観だった。すると、土岐が急に東海道五十三次を走ったらどうかと提案した。京都から東京まで、東海道中膝栗毛の弥次さん喜多さんのコースをたどるという案だ。そんなレースは世界初だと盛り上がる四三たちを背に、嘉納は次なる目標を見つけていた。それは、いつか東京にオリンピックを招致するために、世界に誇れる競技場を作るというものだった。驚く四三たちに、嘉納は話し始めた。嘉納は戦争でオリンピックが中止になった時、日本に立派な競技場さえあれば、代替え地として手を挙げることができたと悔しかったのだ。そしてストックホルムの素晴らしい競技場のことを、四三に思い出させた。四三も、あの競技場の門をくぐった時の興奮は一生忘れないという。嘉納はスポーツは国力の証であり、スタジアムはそのシンボルになるとし、招かれるのを待つだけではつまらないと言うと、ストックホルムのオリンピックスタジアムの写真を東京の街にかざした。そして明治神宮周辺に目をつけ、理事会を招集すると言い放った。

初の駅伝大会開幕

四三は吉岡らと共に、体協に東海道マラソンレースの計画を説明に訪れた。23人のランナーで約500キロのレースになると説明する四三に、そんなに走って何になるのかと岸は厳しい顔だ。さあと曖昧な答えしかできない四三に代わって、吉岡が1回のレースでたくさんのランナーが走ることができ、マラソン人口の拡大にもつながると力説した。永井は多くの選手が参加するということは、事故のリスクもそれだけ高まると批判的だ。反対意見ばかりの議論を嘉納は嘆き、体協を解散した方が良いのではと詰め寄ると、永井と岸は態度を急変させて、読売新聞が主催なら反対する理由はないと意見を翻した。大会の名前については、武田(永島敏行)が東海道の53の宿場を駅になぞらえて「駅伝」はどうかと提案し、東海道駅伝競走に決定した。

吉岡は最終ランナーを四三に頼み、新聞でも大々的に宣伝をすると意気込んでいる。すると、シマが女も走れるのかと吉岡に訊いた。遊びじゃないと一蹴する吉岡に、シマも負けじと食って掛かるが、シマは授業では体操と肋木ばかりで、徒歩部もないのだと嘆いた。すると嘉納まで女子の体は走ることには向いていないと言い、いずれは健やかな子どもを産むために無理はいけないと諭す始末だ。

当時は、競技スポーツ推進派の嘉納でさえも、女子スポーツに対する考え方は保守的だった。四三はシマに、同じ女性だからと二階堂トクヨ(寺島しのぶ)に相談するように耳打ちするが、シマはすでにトクヨに相談していた。その時、シマはトクヨに恥を知れと叱責され、マラソンは野蛮で不要な時代遅れの競技だと言われてしまっていたのだった。その話を聞くや、四三はマラソンの魅力が全く伝わっていないと激高するのだった。

四三が自室で頭を抱えていると、スヤが洗濯物を干しに上がってきた。スヤが斜め掛けしているタスキ見て、四三は名案を思い付いた。

熊本の金栗家で実次が仏壇に手を合わせていると、幾江(大竹しのぶ)が縁側に急にあらわれた。スヤが東京に行ったきり帰ってこないという。四三がスヤに、来たい時に来て居たいだけ居れば良いなどと言ったからだと、幾江は実次を追い回した。

幾江の心配などつゆ知らず、四三とスヤは黒坂に、バトン代わりに選手がつなぐタスキと改良した紐付きの足袋の制作を頼んでいた。紐付きの足袋などもはや靴だと渋る黒坂に、スヤは黒坂がつくれば靴も足袋だと笑顔で言い、黒坂もその気になる。

大正6年4月27日

日本初の駅伝レース「東海道五十三次駅伝」が開幕した。京都三条大橋からスタートして名古屋を通過し、浜名湖を渡り、アンカーの四三が川崎をスタートしたのは3日目のことだった。浜名湖でレースを見ていた田畑によれば、その日は暴風雨で浜名湖をランナーは船頭がこぐ船に乗って渡してもらっていたのだという。選手の編成も地域が偏っていたり、アキレス腱の切れた選手の分まで他の選手に走らせたり、走り終わったランナーも走りつづけて共に東京を目指したりと、おかしなところが沢山あった。

日本橋には初めての駅伝を一目見ようと10万人もの人が詰め掛け、電車も立ち往生していた。観衆からも、駅伝を応援する掛け声が響き、四三が人を縫うように走りこんできた。ようやく沿道に出たスヤは、四三を見つけて「カナクリ!」と声援を送った。すると、四三がしっかりとスヤの目を見据え、力強く走り去っていった。レースを走る四三を見るのは、スヤは初めてだった。

初の駅伝大会は無事成功に終わった。

幾江が朝から金栗家に怒鳴り込んできた。どうしたのかと驚く実次に、四三が帰ってくると幾江は言う。東京から帰ってきたスヤが調子が悪いから医者に見せたところ、妊娠がわかったのだ。金栗一家も幾江も大喜びだ。

四三にスヤの妊娠を知らせる電報届き、四三は嬉しさのあまり部屋から飛び出して、でかした!と叫ぶのだった。

 

いだてんのキャスト

いだてんの主要キャスト

出演者

中村勘九郎(金栗四三役)・阿部サダヲ(田畑政治役)・綾瀬はるか(池部スヤ役)・役所広司(嘉納治五郎役)・大竹しのぶ(池部幾江役 ・中村獅童(金栗実次役)・杉本哲太(永井道明役)・三宅弘城(黒坂辛作役)・永島敏行(武田千代三郎役)・岩松了(岸清一役) ・ビートたけし(古今亭志ん生役)・森山未來(美濃部孝蔵役)・峯田和伸(清さん役)・満島真之介(吉岡信敬役) ・松坂桃李(岩田幸彰役)・松重豊(東龍太郎役)・寺島しのぶ(二階堂トクヨ役)) ・宮崎美子(金栗シエ役)・杉咲花(シマ役)・永山絢斗(野口源三郎役)

いだてんのスタッフ

いだてんのスタッフ

作:宮藤官九郎

音楽:大友良英

題字:横尾忠則

「いだてん」第18話が待ち遠しい! そんな時は第17話 をもう一度見てみよう!

ベルリンオリンピック中止のおかげ(?)で、四三とスヤの絆が深まった今回。 ついには赤ちゃんも授かって、熊本の実家も万々歳です。 次週は、女子も走り出す!?

まだ第17話を見ていない人はもちろん、18話が待ち切れないという人も、U-NEXTでもう一度いだてんを楽しんじゃいましょう。 いつでも好きな時間に好きな場所で、いだてんを視聴することができますよ。